2006年09月15日
環境に反応した子どもたち
「今の子どもたちは、昔と変わった」と最近よく耳にする。
たしかに子どもたちは変わった。しかし、それは子どもたちを取り巻く社会環境が変わったのであって、子どもたちは、その変化した社会環境下で普通に育てあげられているだけなのである。つまり、子どもはその時々の社会環境の色に染められているだけで、社会の変化が子どもの性格や行動などの変化に現れて来ているに過ぎないと私は強く感じている。変わったのは子どもたちを取り巻く社会環境であって、「今の子どもたちは、昔とかわっていない」のである。
「不登校」「引きこもり」「高校中退」「ニート」、社会環境に敏感に反応しただけなのに、その子どもたちにつけられた呼び名の数々である。まるで社会からの脱落者のように扱われている。そのような環境下では、ある子どもは自信をなくし、ついには病気になり、ある子どもは素行不良に拍車がかかる。子どもたちには、自身のまわりの環境を変えることは困難であるがゆえ、同じ環境下で自身の変化を望んでは挫折を容易に繰り返してしまい、ますます希望を失い状況を悪化させるのである。
しかし、それは何も「不登校」「引きこもり」「高校中退」「ニート」と呼ばれている子どもたちだけが環境に敏感に反応してしまっていると言うことを意味してはいない。彼らの反応が、他の人との違いがわかりやすい行動という形で表面化しているだけに過ぎない。子どもは皆、それぞれの環境に敏感に反応しながら成長していくのである。環境に敏感に反応して、「おしゃれに一生懸命な子」「ゲームばかりする子」「まったく運動しない子」「舌打ちをする子」「ゴミをどこでも捨てる子」「挨拶できない子」「ありがとうを言えない子」がいる。ある意味、その反応は他の人との違いがわかりにくい行動なため、「不登校」「引きこもり」「高校中退」「ニート」などのような特別な言われ方はされていないだけである。
子どもたちが自らで現在属している環境を変えることは、環境に変化をもたらすことは、不可能である。環境を変えること、環境に変化をもたらすことは、大人の役割、大人の責任、大人の義務である。
学院長 中島靖博


